大昭寺
基本情報
- 所在地
- 〒095-0044
北海道士別市東山町
- TEL / FAX
-
0165-23-3406
- e-MAIL
- URL
- 業種
- 寺院
- コメント
- 最寄り駅
- JR宗谷本線 士別 2480m
- JR宗谷本線 下士別 2650m
- JR宗谷本線 多寄 5950m
- 周辺情報
- つくも水郷公園 レジャー公園
- 天塩川水郷緑地 都市緑地・緑道
- 士別市つくも青少年の家 公共の宿、国民宿舎
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- トゥルナン寺
- トゥルナン寺(トゥルナンじ)は、中華人民共和国チベット自治区の首府ラサにあるチベット仏教の寺院である。中国名は 大昭寺 。一般的には本堂に相当する部分の名称であるジョカンと呼ばれることが多い。また、本堂という意味のツクラカンをつけて、トゥルナン・ツクラカンと呼ばれることもある。
- ネパールの仏教
- を吐蕃(チベット)の王ソンツェン・ガンポに嫁がせ、唐から嫁いだ文成公主と共に、吐蕃(チベット)に仏教文化をもたらし、ラサのトゥルナン寺(ジョカン、 大昭寺 )建立のきっかけを作るなど、後のチベット仏教の嚆矢となった。 チベット仏教と同じくインド後期密教が受容されていく一方、ヒンドゥー教、カーストにも強
- 吐蕃
- 顔に赤土を塗る)の風習を嫌がったためこれを禁じるなど公主を丁重に扱った。文成公主は唐から連れてきた工匠たちに小 昭寺 (ラモチェ)を建立させ、釈迦牟尼像を祀り、ティツン王女(赤尊公主)の 大昭寺 (ジョカン寺、トゥルナン寺)建立を手伝った。このように文成公主との結婚(唐では降嫁と呼んだ)により唐との結びつ
- ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群
- 周辺の文化にも影響を与えチベット様式を確立。ブータン、北京、などにもその様式の影響が見られる建造物が存在する。 ポタラ宮 トゥルナン寺(ジョカン・ 大昭寺 )(2000年に追加登録) ノルブリンカ(2001年に追加登録) この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準
- ポタラ宮
- 1994年、周辺の遺跡と合わせてラサのポタラ宮の歴史的遺跡群として、ユネスコ世界遺産(文化遺産)として登録。2000年にジョカン(トゥルナン寺・ 大昭寺 )が拡大登録。2001年にノルブリンカが拡大登録された。 後年、ダライラマ14世は、幼少期にポタラ宮でお化けをよく見かけたと語っている。ダライラマ
- 唐蕃会盟碑
- である長安、ラサ(邏些)及び、国境の日月山(ニンダーラ)の3カ所建てられた石碑の一つ。長安及び日月山のものは失われ、ラサのトゥルナン寺(ジョカン・ 大昭寺 )の門前に立てられた碑のみが現存し、唐蕃会盟碑と称される。ただしこの碑も四方を石塀に囲まれ、近づいて直接碑文を確認することはできない。
- ノルブリンカ
- [脚注の使い方] ウィキメディア・コモンズには、ノルブリンカに関連するメディアがあります。 ラサ市 ポタラ宮 トゥルナン寺(ジョカン・ 大昭寺 ) ダライ・ラマ ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群 世界遺産 座標: 北緯29度39分16秒 東経91度05分30秒 / 北緯29.654417度
- ソンツェン・ガンポ
- 語版))を王女として迎え入れている。文成公主とチツンを通して、チベットに中国・インド両方の文化が輸入された。チツンはトゥルナン寺( 大昭寺 )、文成公主はラモチェ寺(小 昭寺 )をラサに建立し、インドと中国の仏教文化がもたらされる。王の衣服は毛織物から絹に代わり、豪族の子弟は唐の都である長安に留学して詩文
- チベット自治区
- 城に指定されている。ラサ市内のダライラマの冬宮であったポタラ宮は1994年にユネスコの世界遺産に登録され、チベットで最も神聖な寺院であるジョカン( 大昭寺 )も2000年には拡大登録、更にはダライラマの夏宮であったノルブリンガも2001年拡大登録された。 なお、外国人はチベット自治区に自由に立ち入りす
- チベット仏教
- 649年)がチベット統一を果たすと共に、唐とネパールから嫁いだ2王妃、文成公主とチツン(中国語版、英語版)の勧めで仏教に帰依した。吐蕃の首都ラサにはトゥルナン寺(ジョカン、 大昭寺 )が建立された。 ティソン・デツェン王(在位:742年 - 797年)の代には仏教が国教と定められ、国立大僧院サムイェー寺が建設されて、インドのナ
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